躁うつについて

憧れていた結婚生活 鬱病との戦いで終わる

 

 

ルンルン、ランラン

やがて、新婚生活もはじまり、毎日が楽しかった。夫の為に料理を作り、ふたりで食べたり、週末には買い物をしたり、私の周りにはハートが飛んでたと思います。

パートも決まり、9時から15時まで働き帰ってから、食事の支度をする毎日を月曜日から金曜日までしてきました。私が働いていた所は九州の百貨店に初上陸らしく、百貨店のカードの取り扱い等に不慣れで、前職もその百貨店に居た私にカード決済が回ってくることが多く慣れていても緊張することがたくさんあり、こころの負担になっていきました。

不眠や頭痛

パートで働き始めて3ヶ月経った頃、眠れない日が続き、頭痛は市販薬を飲んでも効かない位酷かったです。

夫は時間に自由のきくお仕事だったので、私を連れてあちらこちらの病院をまわりました。どこもCT撮って異常なし、頭痛薬がでるだけでした。3ヶ月位そんな病名が付かない不安と夫婦で戦いました。

ある病院から紹介状を書いて頂き、総合病院の神経内科へ やっと、やっと『鬱です。』と言われました。その時は鬱病がどんな病気かよりも苦しんでる原因が分かって安心しました。

 

優しくしてくれてありがとう

ここから先のことは1日トイレに行くか食べるか以外寝てばかりで、記憶がごちゃごちゃになっています。夫はこれが鬱に効くといえば、連れていってくれたり、シーズンオフにいろんな所に旅行に連れていってくれたりしました。今では感謝の言葉が溢れてきますが、その時の私は、病気のせいばかりにしていました。『ありがとう』って言ってのかさえも分かりません。

夫に甘えてばかりで、自分では病院に通院することだけで、病気について調べたりしなかったです。(当時はスマホがなかった)

 

別居生活

お仕事しながら、一生懸命になっていた夫ですが、そんな夫から『今週末実家に帰ってくれない』から『1ヶ月実家に帰ってくれない』『しばらく実家で甘えてみたら』と別居生活が始まりました。今、考えれば疲れて当然だよなと、その時の私は『嫌われた?』と泣いてばかりでした。この実家での生活のことも飼っていた犬のこと以外は記憶が飛んでます。

 

終わり

別居生活が1年過ぎた頃、郵便ポストに離婚届けと家裁の調停で争うかの手紙が入っていました。私は考える力がなく、『サインして郵便局に出して来い』と父から言われ、泣きながら郵便局に行きました。

 

経験は宝なり