
最初にアルバイトしたのは、てんかんと診断されて、半年後くらいでした。ほんとは“武者修行”で外にでるかと、思いますが、てんかんが心配だと父の会社(雑貨屋)で、最低限のマナーを身に着けなさいと言われました。
お辞儀の仕方(左手を上にする)、お札からお返しし、小銭をお渡しするとお釣りの渡し方、商品の渡し方(袋なら取ってを右手で持ち、左手で底を支える)、などなど、1年ほど働きました。先輩は厳しくもあり、長女の私にとってお姉さんのような存在でした。
アルバイトに明け暮れるクローズドしてたのもあり、続かない
とにかく、働いて、時給を頂くのが楽しくなり、お花屋さん、ドンクのサンドイッチとアルバイトしました。が、クローズドというかてんかんが障がいと知らなかったので、通院や休みが多くなっていたので、どれも、1年続いたかな?と思います。 アルバイトを辞めてくださいと言われる度に、引きこもりのようになっていました。
今の洋服好きを教えてくれた 彼氏は15歳年上
傷を癒したかったのと、寂しかったので、夜の街へ 誰かと話したくて、テレクラでいろんな方々と話しました。実際に、飲みに行ったりしたり、怖い想いもしたこともありました。そこで代行運転をしていたMさんに会った。『こんな危ないことはしたらいけない。もっと楽しいことがあるよ』と 洋服を楽しむこと、自然を楽しむこと、食べる楽しみを教えてくれた。
それまでも洋服は好きだったけど、白と黒ばかり まず、あるセレクトショップでトップス(Tシャツなど)を1枚買ってくれて、次はボトムス(下、ズボンやスカート)を で『次はこの2つに合うのはどれだと思う?』そうして、コーディネートの仕方や外し方を教えてもらいました。
それ以外にも山に行ったり、彼が飼ってた柴犬のももちゃんと仲良くお散歩したりしてました。
彼の家に3ヶ月ほど家出もしました。彼が居ない時でも、彼のお母様とご飯の支度したりして、優しくして頂きました。 突然、『今から私の家に来るから』と、鯛と一升瓶を持ち、来てくれたが、父は、家にも入れずに、あえなく、玉砕。
それからは、お互いに熱も冷めて、彼も私も昼間の時間帯の仕事をするようになってからはだんだんこころの距離が離れていき、お互いの友人を介して、お別れしました。
共通の友人に聞かれたのは、『今の気持ちを例えるなら、 ホワイト? グレー? ブラック?』
私は『グレー』だと、大好きでも、大嫌いでもないです。
友人は、『そうしたら、ダメだね。』Mさんが『グレーと言ったら、別れると言っていた。私の将来のために、身を引く』と伝えてくださいって言われたと言っていた。
冷めていく時間と、熱中するアルバイトがあり、当時も、今も『感謝』です。